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納札の貼り込み帖です。
by kiwasiti
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植村七之助納札貼り込み帖 催主 鈴木幸光

植村七之助 明治17(1884)年芝に生まれ神田で育つ。

納札の題名はキ○七(きわしち)です。

題名の由来は、神田にて際物師(きわものし)を生業としていたので、際物師の七之助が由来と聞く。

若い頃より、納札、千社札に親しみ後年には納札睦の世話役、神田明神の宮鍵を務める。

しっちゃん、しっちゃんと皆に親しまれ、特に神田明神下の粋筋には、大層人気が有ったと聞く。

気質は頭のてっぺんから爪先まで江戸っ子。

世話好きで、お祭りが好きで、納札が好きで、浪花節が好きで、仕事と趣味と遊びで明治、大正、昭和の時代を粋に過ごす。

昭和39(1964)年歿 杉並は蓮光寺に眠る。
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補記 催主 鈴木幸光記。
キ○七の女房(ふさ)の生家は昔、末広町にて花屋を営んでいたそうです。

又ふさの祖父は、ご存知の方も、いらっしゃいますが神田大清の主人です。
大清では問屋と仲買、御茶屋を営んでいたそうです。

キ○七の妹(伊東愛)は河東節最後の家元、伊東猛二郎の女房です。

なにゆえか、ふさの母方に奥田盛久(愛称もさちゃん)の名があります。
泉岳寺入り口、大石内蔵助銅像の横の石碑に、河合徳三郎氏と並んで、その名を残す。

筆頭にある「河合覚太郎」さんであるが、この方は幼名「篤文」のちの「覚太郎」二代目河合徳三郎さんと聞く。

義母(ふさ)は生前、なぜか河合徳三郎さんのことを、河合のおじさんと親しく呼んでいた。

繰り返し、よく聞いた話は。
河合のおじさんが外出するときはね、懐にこんなに札束入れて行くんだよと親指と、ひとさし指を広げて見せてくれました。

今にしてみればもっと話を聞いて、おけばよかったと思っています。
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もう少し下の段に頭山 満さんの名前があります。
頭山 満さんの墓所は青山墓地にあります。
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関東大震災、先の大戦とでキ○七所有の納札は、ほぼ灰燼に帰しました。

かろうじて今に残った納札を、催主所有の比較的新しい札と共に、貼り込みました。
従いまして、特に年代順にはなっておらず、納札内の題名から、時代の推測をして下さい。

関岡扇令師また他の諸氏が,刊行した千社札の各誌に紹介された札と重複するも、ご愛嬌とお許しを願う。

写真の車源(くるまげん)こと田代源吉氏は、キ○七の葬儀委員長を、自認していたが、惜しくも、キ○七より先に他界(生前のふさ談)。

南品川は妙蓮寺に眠る。
「昭和37年歿 第一区三番組 副組頭 田代源吉」 江戸消防記念会物故会員名簿より。

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直木賞受賞作家の出久根達郎さん著書、猫の似づら絵師の表紙カバーに見つけたキ○七の題名札。

この本は亡き義父の良い供養になったなと云う思いと共に、義母ふさの生きている間に、義母に見せてあげたかったものです。

他の題名の縁故の方々も、同じ思いと思います。

昔発行した影絵の連札が有りますがこれは、その内の一枚です。
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この本は、神田多二の後藤錦二世さんから、キ○七の題名の出ている本が出ていますよ。
と、連絡を頂き慌てて本屋に行き、買い求めたもの。

本のタイトルは千社札。

発行者三芳伸吾、コレクション協力弓岡勝美とあります。
なかなかの素晴らしいコレクションです。

弓岡さんとは和装関係の方の弓岡さんでしょうか?。

横は元の一丁札です。
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全ての写真、文章の転載を禁じます。

催主略歴
変わった経歴のおじさんではある。
陸上自衛隊生徒第三期生(昭和32(1957)年度)出身です。

卒業後、任官はしたが憧れのアメリカの兵隊さんになるぞ。
と、一念発起。

除隊、英語の習得のため在日米軍キャンプに職を得る。

ここまでは良かったが。
副業として、国際結婚をした日本人のかみさん連中や、カミサリー、BX、(アーミーではPX)の従業員で商売に協力する奴らを纏め上げ。

進駐軍物資の調達販売に熱中。
金儲けにひた走る。

副業がつい忙しすぎて、初期のアメリカの兵隊さんになる目的は、ついつい忘れる羽目となる。

時代も進み、闇物資も儲からなくなった為、しょうがないかと日本の会社にもぐり込む。

会社勤めの当初は、キャンプ内のドミトリーに住まいしながら。
昼は日本の会社、夜はNCO(下士官)クラブでバイトという超ハードな生活を暫らく送っていた。

今、考えるとよくやったなあ。
と、感慨深いものがある。

が、その反動により今の適当、成り行き的性格が形成されたものと思われる。

会社の思い出はあまり無い。

ただ、大好きなお仕事中。
しばしば息抜きで出掛けた美術館、博物館、馬しかいない動物園、芝居、寄席、一人乗りボート展示会見物や他社の株主総会出席などを黙っていてくれた、えりちゃんには感謝する。

昔は、変なところで社の役員や、資材購買関係の奴らに遭遇した事たびたびあり。
今でも接待漬けの奴はいるのかな?

また短いあいだではあったが、当時、他部署の部長をしていた真鍋治男さんの知遇を得たのは忘れ得ぬ思い出となった。
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故真鍋治男氏は衆議院議員、故真鍋儀十さんの姪である緑さん(まなべ幼稚園の創始者)の婿さんと聞いてました。

先の大戦中は、空母赤城に海軍士官として乗り組み、ミッドウェイ海戦に参戦。
沈没のうきめに有ったり。

2013年9月号の1、真鍋治男年譜をご覧のごとく。

631海軍航空隊分隊長、兼第一潜水隊附(晴嵐搭載の400潜)。

降伏後は第936海軍航空隊分隊長。
その後、捕虜となり戦後まで捕虜生活を送ったりと波乱の青春を送った人でした。

奇縁はある日の、ごく他愛ない会話から始まりました。
昭和40年の初め頃と記憶している。

ある日偶然、真鍋さんと一緒に酒田市のN化学に社用で出張しました。
結局、酒田で泊まりとなり、旅館で晩飯も終わりくつろいでいる時。

鈴木君、君の生まれは何処だい?。
遠州浜松です。
15歳までそこで育ちました。

浜松かあ、俺も昔はよく行ったなあ。
そういえば部長は飛行機乗りでしたよね。
それじゃあ飛行隊の前に有った松野屋ってえ旅館、知ってますか?

しばらく沈黙のあと、真顔で、なんで君は松野屋知っているんだ?。
松野屋は士官の常宿でな。
俺もよく泊まった所だぞ。

私のおばさんちですよ。
私は松野屋で生まれて、しばらくあそこで育ったみたいですよ。

おいおい、それじゃあ俺が松野屋に泊まった時。
いつも目の前を小さい子がよだれを垂らしながら這いまわっていたが、あれは君か?。

私は記憶無いけど多分私かも。

そういえば松野屋の名物ばあさん元気か?。
ばあちゃんは大分前に亡くなりました。

俺たちも若かったから若気のいたりで随分ばあさんに迷惑掛けてな。
友達からあのあたりは、空襲と艦砲射撃で焼けたと聞いてたんで、戦後行ってないんだ。

松野屋は落ちた爆弾が全部不発で、奇蹟的に焼け残りましたよ。

そして、真鍋さんは、ばあさんが生きてるうちに一回行っとけば良かったなあ。
と、悔やんでいた。

真鍋さんは、同期の戦友や部下を沢山失くしたしたせいか、戦争中の話はほとんどしない人でした。
私との不思議な奇縁のせいだと思いますが、その夜は遅くまで時には目を潤ませながら、色々話をしてくれました。

以来、真鍋さんには私の御幼少時。
松野屋の座敷を這い回っているのを見られてしまった事もあり、昭和48(1973)年に退社されるまで頭が上がりませんでした。

退社の理由は、もと武人らしく黙していましたが。
我々は当時、社内で起こっていたM重工とN冷、それに生え抜きを巻き込む醜い、縄張り争いに嫌気がしたんだろうなと推測していました。

松野屋(野田)は今末裔が歯科医院を経営していると聞く。
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追記。
不思議なことではあるが真鍋さんの実母と、私の義母は平仮名とカタカナと書き方は違うが同じ名である。

6年ほど前、真鍋さんのお墓参りに行きたいと思い、墓所の所在を知りたくて幼稚園宛、返信封筒を入れて教えを請うたことがあった。未だに返信は無い。
現在は幼稚園とは関係がないのかなあ。


私と千社札との出会い。
まず、子供の頃によく遊びに行った浜松の鴨江観音に納札家が札を貼っているのを見ていた記憶がある。
長じて、あちこちの市場に仕事で出入りする様になり本格的に興味を持つようになった。
以来古書店や知り合いを通じて少しずつ集めるようになった。
納札家連中のことも少しずつ判ってくると、生半可な道楽じゃないなと自覚。収集のみに専念。
そうこうしている内、かみさんの父親、キ○七が納札、千社札の世界ではかなりの重鎮だったと知る。
以来、かみさんに頭があがらず現在に至る。
また、義母のふさには実子同様に可愛がられたことは、忘れ得ない思い出である。

私のやってきたこと色々。思い出すたびに記す。
自衛隊の頃は工兵隊の下士官になる為のお勉強。前述の進駐軍物資斡旋業。在日米軍のモータープール勤務。NCO(下士官クラブ)でウエイターのアルバイト。クラブショーのスポットライト担当。ステイツからやってきた芸人の送迎。田舎(清瀬、船橋、柏等にある米軍施設)にあるクラブへ出演するショーダンサーの送迎。日本人のパートホステスの送迎とガード。プロダクションから提供される接待用ガールやコールーガールのピックアップや配達。他の基地のクラブへバンドの楽器を運んだりセットする坊やもどきの仕事。スロットルマシンを使った金儲け。ハウスのベビーシッター。同じくハウスのブラインド清掃。当時日比谷のアメリカンファーマシーにしか売ってなかったピルの受け取り配達。将校のおばさんたちのやる慈善事業のお手伝い。プレジデントライン(客船)で横浜センターピアに到着する米軍人家族の送迎。喧嘩の助っ人。

この中で面白い話はまた別枠で書く。

姪っ子の一人が、アメリカのイリノイで子育てに奮闘努力中である。

お暇なかたは、どうぞ。アドレスは下記。
http://gomatsumoto.net/weblog/saluki


彼女は「シカンで考古学」で活躍する少壮気鋭の考古学者、松本剛のかみさんである。
名前は明代、中国の「みんだい」ではありません。
名前で検索すると、運の良いかたは、彼女のプロフィールが見られるかもしれません。

2016年現在は。

Emriver and Emflume River Process Simulators
リトルリバーリサーチ&デザイン
RAPIRIAN RAP

なんぞの仕事をしてる。
おいらも半世紀前、自衛隊生徒時代は水防の勉強もしたし。
水理模型もつくったし、妙な感じだよ。

おじさんやめてよってえ絶対苦情の出る写真も有るでよう。
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●全ての写真、文章の転載を禁じます。
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by kiwasiti | 2007-04-21 20:15